お 接 待 (1)
2001.10.06記
                       四国以外の方が、四国巡礼をされて驚く一つに 「お接待」 と呼
                     ばれるものがあります。 特に「歩き遍路」 をされている方は、この
                      「お接待」 を受けられることが多いようです。
                      
                       昔から四国では春になると、チリ−ン、チリ−ンと鈴の音と共に
                     お遍路さん達がやって来ます。 それを聞いて四国の人々は、四国
                     に春がやって来たことを実感するのです。
                      
                       そして巡礼するお遍路さんに 「お接待」 として、お米や野菜、果
                     物などを無償でお分けしたり、一晩の宿を貸してあげたりしていま
                      した。
                       またお遍路さんの中には、家々の玄関の前に立ち 「お経」 を唱
                     えてその家の繁栄を祈ります。
                       そしてそのお礼として、食べ物やお金を頂きながら巡礼をされる
                     方もおられました。 いわゆる 「托鉢」 をしながらの巡礼です。

  しかしこの風物詩も、自動車でのお遍路さんが多くなったので、昔ほど当たり前のように見ることが
出来なくなりました。

  さて、四国での 「お接待」 とは一体何でしょうか?
 現在は、本来の 「お接待」 の意味からは少しずれた感覚
をお持ちの方も見受けられます。
 今回は、その辺りについて少しお話ししてみましょう。まあ、
いろいろな意見があるとは思いますが、ここでは一つの考え
方を見ていきましょう。
 
 昔の 「四国巡礼」 は、現在ほど当たり前なことではありま
せんでした。 ご存知のように、四国は 「死国」 と云われたよ
うに多くは死を覚悟をしての、または死に行く場所を求めての
「四国巡礼」 でした。
 
 四国の人々は、そのようなお遍路さんたちを快く受け入れていました。 そして「お接待」 を通して彼ら
の手助けをしてきました。
                            このような光景を見ると、頑張っている人、難儀してい
                           る人に対して 「人間として何か手助けしなくては・・・。」 と
                           云う風にしていると普通は思えます。
 
                            しかし 「お接待」 は、実はお遍路さんのことだけを考え
                           られてされているものではないのです。
                            「四国巡礼」 をするお遍路は「同行二人」 と云われるよ
                           うに、お大師さまと共に巡礼をしていると信じられていま
                           す。
  
                            ですから 「お接待」 は、基本的にはお大師さまに対して
                          のご供養なのです。
                            『 私の代わりに、どうぞお大師さまにお祈りをして下さ
い。』 と云う思いを、巡礼に出掛けられない人々がお遍路さんたちに託すのです。
  
 そして「お接待」を受けられたお遍路さんは、その巡礼が
終わる頃には 「本堂」 と 「大師堂」 の前での祈りの中で、
たくさんの人々の代理の参拝もさせて頂くようになるのです。
 
 「お接待」を受けた人数分、祈りの時間が増えていくのです。
それは 「祈り」 を託した方にとっても、託された方にとっても
「神さま ・ 仏さま ・ お大師さま」 と一つになれる、とっても大
切な時間なのです。

 ですから、お遍路に出掛けて 「お接待」 を受けたならば、
快く受ける方が良いのです。
 遠慮をしてしまうと、かえって 「お接待」をして下さる方の
「信仰心」 を否定してしまいます。
                         
 またご縁有って、その方から 「お接待」 を受けるわけです。
 すべてはお大師さまのお引き合わせですから、できれば自
分のことだけを考えずにその方たちの「祈り」を背負って巡礼
をするのも修行のうちです。

                            「お接待」 を受けると云うことは、神さまや仏さまから
                            のご慈悲であり、またそれを通じてお世話になった方
                            たちの 「祈り」 を背負って巡礼をする修行と観じて、精
                            進されて みたらいかがでしょうか?