2002.01.10記
開 運 !(1)
明けましておめでとうございます!
本年も何卒よろしくお願いいたします。
今年のお正月は天候が悪かったせいか、寺社への
初詣の人出が昨年に比べるとかなり減少していたそう
ですね。そして昨年からの不景気もあってか、お賽銭も
小額のようでした。
しかしその不景気から、例年よりたくさんの会社が仕
事始めに寺社に詣で、ご祈祷を受けられていました。
そして社長さんたちは『やることは出来るだけやった。
最後は神頼みしかない・・・。』と、語っていました。
この社長さんたちが口々に語った「神頼み」は「開運」
をしていくには真理の言葉です。
それでは先ず最初に「運とは何か?」と云うことに触れていきましょう。
「運」とは「運ぶ」と書きます。そして「運」と云う字に「命」を組み合わせて「運命」と書き、また「気」と云
う字を組み合わせて「運気」と云う言葉があります。
「運命」とは「命を運ぶ」と云うことであり「命を運ぶ道あ
るいは河」とも云えます。この「命」は私と云う存在であり、
この世に生まれて死ぬまでの人生の過程を云います。
そして「運気」とは「気の運び」と云うことです。「気」とは
エネルギーであり「力」です。
道路で車を走らせようとするなら、車を走らせるエネル
ギーが必要です。河で船を走らせようとするならば、船を
走らせるために必要な動力あるいは河の水の流れの勢
いが要ります。
私たちもこの「運気」が強いことで、人生がスムーズに
流れていくことが出来ます。
よく「運」が有るとか無いとか云います。これは私たちの
「人生が上手くスムーズに流れていくために必要なエネル
ギーが有るか、無いか」と云うことです。
「運が悪い」と云われるのは「運と呼ばれる人生の道」が
デコボコの悪路であったり、坂道が急であったり、また道
がなくなって歩けなくなったことと同じです。逆に「運が良い」と云われるのは、きれいな整備された道で
楽にスムーズに歩いて行けることと同じです。
インドや中国などでは、古代から人々は「運命学」と呼ばれるものに基づいて、自分自身や子供たち
の一生の運命を予め見ていました。そして、何歳のときに「どういうことが起こるのか?」を知っておくこ
とにより、災いを事前に防いでいました。
それは私たちが、自動車を運転して道路を走るのと同
じことです。
今、走っている道路が真っ直ぐなのか、カーブしている
のか? 前方や後方、あるいは左右の道路状 況を確か
めながら走っているはずです。
自分の走りたいように、自分勝手に走っていれば事故
を起こしてたくさんの人に迷惑をかけるかもしれません。
人生も同じことで、運命を知るとは「私が走る人生の道
路状況を知る」と云うことです。
また、季節に春・夏・秋・冬と四季があるように、私たち
の一生も9年周期(運命学によっては12年周期)で四季
が巡ります。
季節の中で作物の種まきの時期があるように、人生の
中でも種まきの時期があります。その種まきが正しく行な
われたならば、やがて芽が出て花が咲き、実りのときを迎
えることが出来ます。
そして寒い冬のときには、なかなか動きづらく何も出来
ないことが多いように、自分の運命に冬のときがやって来
たときには同じようになかなく動きづらいものです。
私たちの運命とは、まさしく四季と同じなのです。四季の流れの中で、それに逆らわずに生きることが
良い運命を創っていくことです。
ところが多くの人は、この季節を無視して自分の生きたいように勝手な生き方をします。と云うよりも
「生まれ持った運命どうりに生きてしまう」と言った方が良いかもしれません。
自分では、勝手に生きたいように生きていると
思っていても実は運命どおりに生きてしまってい
ることに多くの人は気付いていません。
その運命は人によって違うものであり、暖かい
部屋で過ごすことが出来るような人生であったり、
それとは逆に厳寒の中で過ごすような人生であっ
たりします。
その勝手な生き方から運を閉ざされてしまった
人たちや、あるいは何かを達成させたいと云う人
たちが「開運」の方法を試みます。
それは人によって方法が違います。例えば「靴
下を右足からあるいは左足から履く」と云うジンク
スから始まって「開運の神さまに詣でる」までと、そ
れはもう様々な方法があります。
そこで「究極の開運方法」とは何か? それは神さまと仲良くなることです。
「縁起を担ぐ」「縁起が良い」などと云われるように「開運」には「縁」がとっても大切です。「縁起」とは
「縁を起こす」と云うわけですが、この「縁起を担ぐ」とは「良い縁を引き寄せる」と言えるでしょう。
全ての出来事は「縁」と呼ばれるもので動いています。何事も「縁」が無ければ道は開かれません。
商売人さんたちが商品を売るときに、いくら良い商品でも買い手であるお客さまがいなければ売れませ
ん。この商売人さんとお客さまを結びつけるものが(出会うことが)「縁」と云うものです。
そしてこの「縁」を与えて下さるのが誰あろう、神さまなのです。
「人事を尽くして天命を待つ」と云われるように、最後は神さまの計らいなのです。
しかし、人によっては『それは神さまじゃなくて、自分が強く良きことを思ったことが「潜在意識」によっ
て現実に良くなったのだろう。つまり、自分の心の力でそのようになっただけである。』と言われる方もお
られます。
実は「潜在意識」と云われるものは「神の意識」につ
ながっています。あるいは「神そのもの」とも云えます。
ですから先ほどの意見は少し言葉を修正する必要が
あります。
自分が、何かを得るために本気でそれを思い、行動
をしていきます。これが「人事を尽くして」です。
そしてその人が、本気でそのものを得るために思い
行動する意識が自分自身の「潜在意識」に刻まれてい
きます。「潜在意識」は良いことも悪いことも、その中に
刻まれたことが私たちの現実の世界に、その通りの姿
で現れてきます。
例えば、本気で病気になりたいと思ったら本当に病
気になります。 逆に本気で健康になりたいと思ったら
本当に健康になります。その「潜在意識」は「神さまの
意識」そのものですから、これが「天命を待つ」と云う言
葉になります。
このように「開運」をするためには「 本気で信じる!」と云うことが必要になってきます。「
いわしの頭
も信心から」と云うように「 信じる心 」が、また「 運が良くなる 」ことを本気で信じたことが、自分自身の
「潜在意識」に刻まれていき、やがてそれが本当のことになっていくのです。
何かに行き詰まり「開運」を望む方は、どうぞ寺社に出かけて神さま仏さまにお祈りをしてみて下さい。
必ずや道が開かれます。またお祈りのときは、必ず自分の住所と名前を神さま仏さまに申し出て願意
を述べて下さい。
それでは今年1年が、皆様にとって良き年でありますようにご祈念いたします。
 |
開運・厄除けの寺
別格第1番大山寺 |
 |
源義経公による奉安
別格第1番本堂の左
「縁の神」 |
 |
縁結びの神さまで名高い
島根県「出雲大社」 |
 |
高野山の
「走り大黒天」 |
 |
商売繁盛のご利益
「歓喜天」 |