2002.04.16記
開 運 !(4)
〜  「 徳 ( と く )」 の 使 い 方  〜
  今月は、運を良くする「徳」の使い方、積み方についてお話しして
 みましょう。
 
  あなたは何か良いことがあると、とっても嬉しいですよね。自分に
 とって良いことがあったのに、プンプンと怒る人はまずおられないと
 は思いますが・・・まあ、世の中は広いですから、もしかしたらいらっ
 しゃるかも・・・?
 
  さて「徳」と云う観点からは、良いことがあったときに “良かったね、
 ハイッ!それで終わり!” と云うわけにはいかないのです。
  例えば、あなたが一所懸命働いて少しづつお金を貯めました。
  少々まとまったお金が出来たので、前から欲しかった品物を買い
 ました。当然、品物を手に入れるためにはお金が必要です。少々まとまったお金はその品物を買うため
 に全て無くなりました。
 
  これは「徳」が使われるシステムと同じ事なのです。それは次のように云えます。
    ・運が良い = 徳がある             ・物が買える = お金がある
    ・良いことがあった = 徳が使われた     ・物が買えた = お金が使われた
  このように、良いことがあればその分「徳」は無くなるのです。

                         現実は、少しでも自分が得をしようと思う人が多いようです。とこ
                        ろが「徳のシステム」を知る者は、自分がちょっとした得をすること
                        に対して心を動かしません。もっと大きな志のために 「徳」 は置い
                        ておきます。
                         私たちは日常生活で、人との関わり合いの中で「徳」を積んだり
                        「不徳」を積んだりもします。ことわざで 「情けは人の為ならず」 と
                        云われるように、人を助けることは結局はその「徳」により自分が
                        助けられるわけです。
                          
                          しかし世間で多いパターンは、最初はそんな気は無いんだけれ
                        ど、何かちょっと自分が得をするような場面に遭遇することがあれ
                        ば、他の人のことなどは考えずに自分だけが得をして喜んでいた
                        りします。
  ところがそれは本当に目先のことだけなのです。実は、他の人に不愉快な心を起こさせた「不徳」を作
 ることにより、かえってその時に得をした分以上に損をします。
  残念なことに、得をすることばかり考えている人にはそのシステムが、そのカラクリが見えないようです。
 とにかく目の前の得さえ手に入れば良いようです。
  これは商売人の「損して得取れ」精神とある意味、原理は同じかもしれませんね。
 
  しかしまた、得するためだけに「徳を積む」ことも悲しいものがありますね。動機的に最初はいいかも知
 れませんが、段々と「徳を積む」ことを通じて、先ずは「人の喜びが我が喜び」の段階になると良いでしょう
 ね。

  私も基本的には八十八ヶ所を自家用車で参りますが、やはりいつ
 もが安全とは限りません。どんなに安全運転をしているつもりでも、
 ヒヤッ!とすることがあります。
  また安全運転とは逆に、あなたが強引な運転をしていて、事故に
 遭いそうになったとします。幸運なことにそれから免れることが出来
 たとしても、ただ『良かった、良かった』で済まさない方がいいですよ。
  
  当然、運転は安全運転に戻すべきですし、事故から免れたことを
 神さま仏さまに感謝をしましょう。そして「徳」を使ったわけですから、
 また懺悔(ざんげ)の心で「徳」を積ませて頂きましょう。
  事故が起きるのは、基本的には自分の持つ「悪いカルマ(業)」に
 因るものです。このカルマが動き出すとき、人は苦難を強いられると
 きがあります。そのとき、積み重ねてきた「徳」があることにより助かるのです。
  普通に考えても強引な運転は、事故に遭遇する確立が高くなるのです。ですから、普段から強引な運
 転をされている方は、こんなことで「徳」を使ってしまうのは非常に勿体ないことです。気を付けましょう。
 
  また、いろんな人からいつも何かをもらったり、懸賞などがよく当たったりしてただただ喜んでいる人も、
 その分「徳」を使っているので補充はしましょう。
  しかし、人から物を戴くと云う場合は早とちりしないでお聞き下さい。それは、その人の「気持ち、心」と
 云うものも一緒に戴いていることを知っておいて下さい。ですから、こんなときに 『私はこんなもので徳を
 無くすなんて嫌だから、要らないや。』 なんて思わないで下さい。そのときは 「素直」 に 「喜び」を持って
 戴いて下さい。
  例え、品物を下さる方の本音が何かの「建前」であったとしても構いません。その、あなたの「素直な喜
 び」がまた、品物を下さった方も受け取った私にも「徳」を生み出します。そしてその「素直な喜び」をまた
 他の人に分け与えて、さらに「徳」を積んで下さい。
 
                          「徳」の積み方は、前回ご紹介した袁了凡の 「 陰隲録 」 などを
                        参考にすれば良いかも知れませんが、基本的には人の手助けを
                        することです。
                         例えば、電車やバスなどでお年寄りや身体の弱い方に席を譲っ
                        たり(※ でも、元気なお爺ちゃんやお婆ちゃんに無理やりはやめ
                        ておきましょう。)、車を運転していて、脇道から本道に進入してく
                        る車に道を譲ったり、ちょっと気を付けて見ていれば何かしらある
                        ものです。

                          「徳の積み方」には二つの方法があり、誰にでも分かる方法と
                        誰にも分からずにする方法があります。
                         
                          誰にでも分かる方法を 「陽徳(ようとく)」 と云い、明らかに誰に
                        でも分かるように良いことをすると云うものです。人の前で往来の
 ゴミを拾ったりなど、とにかく 『 ああ、あの人は良いことをしているなぁ 』 と他の人が分かるようにすること
 です。
 
  誰にも分からずにする方法を 「陰徳(いんとく)」 と云い、誰にも気付かれずにさり気なく良いことをする
 ことです。近所の公園のトイレを人知れず掃除をしたり、往来などのゴミを人のいないときに拾ったりして
 「陰で良いこと」をするのです。
 
  この「陽徳」と「陰徳」では、同じように良いことをしても、その「徳」の大きさが違うようです。それは、人
 に気付かれないように行った「陰徳」の方が「功徳(くどく)」が大きいようです。
  ※「功徳」とは、善い行いをして得る徳を云います。
  誰にも気付かれずに行う 「徳積み」は、自分と云うものがありません。しかしいつの時代でも、自分が
 行ったことに対しては他の人に「認められたい」と云う思いが、多くの人にはあるようです。
  これは「我(が)」の表れであり、自分の存在をハッキリ主張するものです。
 
  21世紀は「個」の時代とも云われ、個人個人の自由な主張
 を大切にする趣きがあります。これはまた「発展、創造」と云う
 観点からはとっても大切なことではありますが、個人と云う強
 い思いだけでは「共存、協調」と云う世界は望めません。
  この宇宙は、あるいは自然界は、個がそれぞれ「創造、発展」
 をしながら「共存、協調」をしています。ですから「認められたい」
 と云うだけの自分を主張する思いは、宇宙の法則に反すること
 であり、やがては自分自身が共存できない状況を作ってしまい
 ます。

  実は「陰徳を積む」と云うのは、自分の「低い我」を無くするた
 めの修行なのです。「低い我」は自分の主張ばかりをして、とに
 かく自分のことしか考えられない「心の働き」です。
  その心は、自分自身の人生を知らず知らずに不幸にしていきます。『 自分の人生って、なんて不幸な
 んだろう!』 って考えている人の多くは、自分自身が知らず知らずに使っている「低い我」がその原因な
 のです。そのことに気付かず、自分の運が悪いことを全て他の何かのせいにします。
  いわゆる「責任転化」です。
 
  あなたにも、もし運が悪いと感じられるときがあったなら、ぜひ「陰徳」を積まれることをお勧めいたしま
 す。必ず運氣転じて良運となること疑いなしです。


                                     開運!(4) 〜「徳」の使い方 〜  終わり
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黒滝寺にて
土手の桜並木を歩く